幼少の頃、庭にとにかくいろんなものがあったと言うのは、私にとってとっても幸せなことなんだと思う。花の名前を覚える前に、その植物でどうやって遊ぶか、どんな味がするか、いつ頃どんなふうに咲くか、そういったことに当たり前に触れてきた。
幼少の頃のお気に入りの花と言えば、例えば、桔梗であった。応接間の窓の右端にちょろりと見えるくらいの所に、毎年桔梗が咲いた。正確に言うと、私が好き だったのは、桔梗のつぼみである。ぷっくりとふくれたつぼみを、親指と人さし指でぱん、と潰すのが好きだったのだ。あのときの妙な後ろめたさは忘れられな い。やってはいけない、と思いつつ、どうしても潰してしまう。そして、妙な後ろめたさと爽快感が同時に襲ってくるのだ。
ほかには、ムクゲ(名前を知ったのは二十歳を過ぎてからだ)も好きであった。隣のおじの家へ繋がる木戸(金属だけど)のそばに植わっていた。これを私は 「ニワトリの花」とよんでいた。ムクゲの花弁の根元をふたつに割いて、花の頭にくっつける。ニワトリの鶏冠のようで、お気に入りの遊びだった。
ムクゲのそばに植わっていたねぶの木(名前は今調べた)もお気に入りであった。あのしゃしゃしゃっとした花弁(なのかな?)の涼しげなこと。それにくわえて優しい色。
ほかにもこんもりと生い茂った萩、それから白萩。その萩の茎を伝うアブラムシ。藤棚、こぶし、銀杏、そうそう、しだれがつらもお気に入りであった。シダレ ガツラはなんとなく「おじいちゃん」な雰囲気をかもし出していたのだ。わたしは「おじいちゃん」を両方とも知らないのに。
それから、白樺も好きであった。家の屋上より高い白樺の木が五本くらい、萩の後ろに立っていた。このどっしりとした姿、夏には日陰を作り、涼しげな音をたてて葉をゆらす.冬には葉を落とし、雪の白と幹の白、貴重な日光を遮らない優しさ。白樺は父親か。
幼少の頃は、牡丹がきらいであった。庭に何輪もの牡丹が突如として咲く。その花の大きさがただ怖かった。牡丹のそばに咲いていた水仙は、あまりたくさんあるので好きとも嫌いとも思わなかった。水仙のそばに生えていた葉っぱは、刀がわりにしてチャンバラごっこをした。
それからチューリップと椿は下品に見えた。いっけん清純さを装いながら、あっという間にだらりと花弁をもたげてすべてをあらわにしてしまったり、くびからぽろりともげて地面に踏み付けられている姿。なんとあさましく下品なことか、と子供ながら嫌悪感をもっていた。
栗の木と柿の木は仲が悪く、栗がなる年は柿がならず、柿がなる年は栗がならなかった。
天気のいい日は縁側に寝転んで、庭を眺め、芝生の上を転げ回って、そこいらじゅうの木や花を摘み取って遊んだ。スネているときは藤棚の上にのぼって、家のものからは見えないようにねっころがり、ぼんやり空を眺めたりした。
母は完全防備で絶対に紫外線に当たらないようにして庭へでては花を摘み、家の至る所にいけた(自己流で)。
庭を拡張する時に、池を作って、と父におねだりをしたことを覚えている。鯉や金魚や亀を買おうと思ったのだ。夏なんて涼しげでいいだろう、と。父は、「ああ、作ってやる」といったのに、出来上がった庭に池はなかった。
今の母の家の門から玄関迄の石畳と、その両脇にある木々も美しい。けれど、わたしにとって、幼少時代を過ごした家の、今思えば多少雑多なあの庭が、一番好きだ。白樺が切られた時、妙に哀しかったのを覚えている。
幼少時代にそんな経験を持てた私は幸せだと思う。花はお店で買ってくるものだと知ったのは二十歳を過ぎてからのことだ。
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